フリースクール?カウンセリング?井村は中学生の時不登校でした。

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どうも井村(@tnktnopi)でっす!

今日はだいぶ前の記事でチラッと出た井村の不登校だった時の話をしていきます。
あくまで井村の場合のお話だから、参考というよりは「こういうこともできるんだ」と捉えてもらえるとありがたいよ!

※暗い話になるかもなので自己責任でおなしゃす!

井村が不登校になった時期

井村が不登校になったのは中学3年生の時!受験がある学年だったから今思うと大事な時期に不登校になったもんだァ…。

もともと、中学2年生の頃から休むことが多かった井村。2年生の時は特に理由もなく「学校に行くのが面倒」という時に休んでた感じ(´・ω・`)(学校面倒って思うことあるよね?ない?え?;;)

3年生になって一切学校に行かなくなったのが5月。3年生になってすぐに不登校になっちゃいましたァ。

不登校になった理由

女の子は凄く分かると思うんだけれど、女の子はグループという面倒なものがありますよね?あれ凄く面倒じゃない?別にいつ誰といたっていいじゃない?誰とでも仲良ければいいじゃない!!!

 

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その面倒なものがあるからこそ、「あの子どう?もうハブっちゃおうよぉ」というなんとも嫌なことを考える子がいる訳です。

井村(一緒にいてくれてた友達含め)はグループという面倒な考えがなかったから、ハブられてしまった子が井村のところに来てくれてたのだッ。

⇧のことが結構多くて、「ハブられたら井村たちのところに行けば1人にならない!」という風に女子の間ではなってたそうだ。

この事で、ハブった側の子は井村のことが気に食わない訳です(^ω^)

ハブった側は、ハブられた後の1人でいる姿を楽しみたい訳で…井村たちと一緒にいてはそれが見れないんだなァ。

こういうことがあり、グループのハブった側の子たちには好かれていなかったので、いじめとかいうのはなかったけれど、というものが凄かったなァ。

ここまで説明が長かったけれど、圧に耐えるのもきつくなってきたある日。ハブった側の子たちが井村の近くで「存在自体が嫌」とコソコソ話しているのを聞きました。

もともと好かれてはいなかったので「あぁ〜井村のことかなァ。そんなにかァ〜」潰れました(^ω^)

精神面が弱く、物事をなんでも重く捉えて考え込みすぎてしまう井村は、⇧の言葉でだいぶ落ち込みました!!!!!(ドドン)

たった1人に言われた言葉がグルグル回って単純に「自分はいらない奴だ」とか「いなくなったほうがいいんだ」という考えにたどり着き、誰にも話せるわけもなく部屋に引きこもってたよ!!!

不登校にはタイプある

 

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不登校には

  1. 学校に行けないけど外出は普通にできる
  2. 学校にも遊びにもどこにも行けない

の2つがあると井村は思ってて、井村は「学校にも遊びにもどこにも行けない」のタイプだったよ!

1つ目のタイプだったら外で気分転換だったり、外での交流があるからまだ良いと思うのだッ。

でも井村のように2つ目のタイプだと、基本部屋から出ないから家族とのコミュニケーションもあまりとれないんだなぁ。

学校に行かない理由も家族に話をしていなかったので母親祖母とは毎日のように言い合いをしていました。

井村、馬鹿をするも助かる

毎日のように「自分はいらない」と思っていた井村は、もういなくなろうと行動を起こしました。文章には書けないので察して下しゃい(^ω^)

でも結果的にはいなくなれなかったのだ(^ω^)母と祖母に必死に止められたのです。

これを月に何度もしていたのは内緒だぞ♡

実は母と祖母とは毎日のように喧嘩をしていました。何も話さずに学校を休んで、周りの目が気になるようで、祖母からは「どうしてこんな子が生まれたんだ!」とも言われていました

でも、こんなに泣きながら毎回井村を止めてくれるのかと混乱もあり嬉しさもたくさんあり!!!

井村が言うのもおかしいけれど、家族はやっぱり大事なんだな!!!

今では明るく話せるけれど、あの頃は本当に酷かったもんだ(^ω^)

カウンセリングを受ける

 

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不登校になって3ヶ月の頃、母に勧められカウンセリングを受けました。

お寺の住職さんでカウンセリングもやっているという方だったよ!話し方がすごく柔らかくて、井村の下手くそな話を最後まで聞いてくれました。

全部を話した後、「いつか親御さんにも話してあげてね。凄く心配してるよ」と優しく言われたけれど、学校での出来事や、自分はいらないなんて考えていることを話して良いのかも分からなかった井村(^ω^)

後日、母にだけ手紙で何があってどう思っているのかを話すことになります。

カウンセリング後、母は住職さんに「今は理由を聞かずゆっくりさせてあげて」と言われていたようでした。

父との話

父は単身赴任だったんだけど、井村が不登校になってから毎週のように家に帰ってきていました。

父が心配してくれているのは分かっていたけれど、そのたびに父との話し合いがきつかったのを覚えています。

次第に話し合いを拒否しだした井村に父は、「お父さんはいいから、せめてお母さんにだけでも話してあげて」と寂しそうに言いました。この時の声は今でも忘れられないです。

このことをきっかけに、まずは母にと手紙を書きました。

父との話を拒否していた井村を殴りたい!!!

母と父に全部を明かす

母に書いた手紙は、その後父に渡ります。

母は泣いていて、父は無言でしばらく井村の横にいてくれました。

祖母には渡らず、不登校だった理由は今でも祖母には内緒のままです。

この後(8月頃)から9月まで外には出られなかったけれど、家では割とゆっくりしていました。

フリースクールに行く

不登校になってから4ヶ月経った9月のこと。家の近くに住んでいる方が「フリースクール」をやっているそうで、そこに行かないかと進められ通い始めました。

フリースクールって?

フリースクールとは、

  1. 何らかの理由で不登校になった子
  2. 軽度の発達障害身体障害知的障害の子

学校の代わりに過ごす場所のこと。学習面というよりは、生活面精神面をサポートしてくれる場所だよ!

井村が通ったフリースクールは10人ほど。全員不登校の子で皆それぞれの悩みを持っていました。

出席日数は稼げるのか?

親御さんが1番気になるのは「出席日数」だと思います。

井村が通ったフリースクールは、行った日数分出席日数を稼げるところでした。

これはもちろんフリースクールにもよるし休んでいる学校にもよるので、もしフリースクールに通うのであれば出席日数を稼げるのかの確認をしてください!

学校を卒業できる見込みがあるかの条件があるフリースクールもあるそうです!

実際にどういう生活だったのか

井村が通ったフリースクールは、登校時間は学校と全く同じでした。

1日の流れは、

  1. 登校して1日のスケジュールを決める(何時に勉強をして何時に読書など)
  2. ⇧のプリントどおりに活動(理由により変更可)
  3. たまに全員で散歩に行く
  4. お昼は持参で皆で食べる
  5. 下校も学校と同じ(用事がある場合は早く帰宅OK)

学校と違うところは1番の「自分でスケジュールをたてる」ところ!

勉強なしの日もあっていいし、逆に勉強詰めもアリ◎勉強と言っても、学校のようにガッツリした感じじゃなく、プリントを解く事が多かったかな。

フリースクールの先生は4人いて、各自教える教科が決まっていました。

みんな引きこもり経験アリだから、散歩に行ったり運動しに行ったりもあって楽しかったな〜。おかげでフリースクールでは1日も休まず出席日数も無事稼げて

フリースクールは学校に戻すことが目標

出席日数が稼げるからといって安心するのは早く、1番の目標は「学校に戻ること」!

井村の場合は1月に学校に戻ることが決まっていたよ!

3年生は卒業試験のようなものがあるので、その前に学校に戻ることが決まっていたようだッ。

それを知らなかった井村は、学校に戻る日を伝えられるとなんとも言えない感覚でした。戻りたくない気持ちと、戻らないといけない圧迫感のようなもの(´・ω・`)

この時はもう拒否権がないので、不登校になって8ヶ月の1月から保健室登校を始めました。

保健室登校

保健室登校というか、井村の行っていた中学校は「学校に行きづらい子が行く教室」がってそこに行っていました。

井村は8ヶ月学校に行っていなかったので、周りの目が凄い気になって仕方がなく、みんなの登校時間とは少しずれて登校していたよ!

実際に授業を受けることはできなかったから、プリントを解く日々。まあ全然分からないわけです(^ω^)用意してくれるのは凄くありがたい!けれど意味あるのかなあこれとずっと思ってました。

周りの目は冷たい

保健室登校だけども学校に戻れたのはいいとして、周りの目が凄く冷たいのは思っていた通りでした。

同じ3年生の中では「井村が戻ってきてるらしい」という感じが多かったかな。

周りの目が気になる中、話さなくなった子がもちろんいるし、それでも仲良くしてくれた友達もいました。

不登校という理由で周りの目は変わるもの。それでも変わらず接してくれた人がいたのは本当に救われたよ!!!

3日だけ教室に戻らないといけない地獄

⇧で話したように、卒業試験の期間だけは教室に戻らないといけないらしく、本当に地獄だと思った(^ω^)モドリタクナイイキタクナイ

けど拒否権はなく無理やり教室に連れられすごい顔をしていた井村に、何人か「井村来たんだね!」って優しく声かけてくれた子がいて助かりました。

テストはまあ全然できていなかったんだけど、唯一得意だった国語だけは点数良かった。

卒業後はどうするのか悩みながらの受験

問題はここです。卒業は無事できるそうで、卒業後はどうするのか。ここでまた一悶着ありました。

井村はもう「学校」というものが怖く、高校にも行きたくないという気持ちしかありませんでした。けれどもせめて高校までは行ったほうがいいというのも分かっていたので、通信制の高校を視野に入れました。

フリースクールでお世話になった先生に相談したところ「私立の受験を受けるだけ受けたほうがいい」ということで、私立の受験を受けたよ!

井村が受験した高校は、不登校だった場合不合格が多いと言われていた高校だったんだけど、アッサリ合格(^ω^)筆記試験ボロボロだったのに〜〜〜なんで合格したのか謎でしゅ。結果その高校に入学することになりました。

高校生活

同じ中学の人がいない高校を選んだので、最初の時は登校したくなくてしかたなかったけれど、徐々に慣れて割りと早く楽しくなりました!

中学で迷惑をかけた分、勉強を頑張ると決めて、学年主席〜3位をキープして卒業しました。

高校生活は思っていた以上に楽しくて、欠席日数0で卒業することができたよ!家から少し遠かったけれど、それでよかったんだ〜〜〜。

クラスが男子の割合が多かったのもあると思うけれど平和なクラスでした。

井村が行っていたフリースクールでは、井村は凄いという話になり、今でも生徒たちに話しをしてもらえているそうです!嬉ぴよ〜。

まとめ

今回は井村の不登校時代の話をしました。次回では不登校になって思うことを書きたいなと思うよ!何も参考にならなくてごめんなパイです(´・ω・`)

ただ、不登校は別に悪いことじゃない!とは言える!!!

逆に色んな経験ができたと井村は感謝をしているくらいです。

それではまた次回!

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ABOUTこの記事をかいた人

フリーのデザイナーな腐女子。スキンケア・メイクを中心に女の子に役立つ情報をお伝えしちゃうYO(`・ω・´)笑っとけばなんとかなると思ってる22歳。混合肌。お問合わせはTwitterかメールからおなしゃす!